呼び出し
2015年12月某日、朝霜は提督の急な呼び出しを受けた。朝霜がちょうど出撃から帰ってきたところ、日向がその至急の報を伝えてきたのだ。特に損傷はなかったものの衣服に汚れがあったので、着替えてから提督執務室に来るようにと重ねて言われた。日向は普段から表情を大きく動かさない。この時も、彼女の表情から何かを読み取ることはできなかった。
日向に言われた通り、朝霜は自室で衣服を着替え、鏡は見なかったが大丈夫だろうと頭を撫でつけながら提督執務室にたどり着いた。執務室に通じる扉の前に立ち、今さらになって急な呼び出しの理由に疑問を持った。
「日向は何も言わなかったし、一体何だってんだよ。あたい、何かしたかな?」
朝霜はぽつりとつぶやいた。
思い当たる節はない。呼び出し自体に不安はなかったが、謎は深まるばかりで、朝霜は首をひねった。そうしたところで答えなど出る訳もないので、さっさと呼び出した者に聞けばいいと元気よく扉を叩いた。
すぐさま中から入室を促す声がかかり、朝霜はそれに従って勢いよく扉を開けた。
「よお、司令! なんか呼んだかい?」
執務室に入った先を真っ直ぐ見つめると、提督の執務机が目に入った。机の上は整頓されてはいるが、書類などの処理がしやすいようにペンや書類入れなどの配置が考えられている。おそらく、日向や陸奥のおかげだろう。阿賀野という選択肢もあるが、性格的に彼女がするとは思えない。その机の先には提督の椅子があるわけだが、ちょっと異様である。と言うのも、椅子に座布団を4つくらい重ねた上に提督が乗っているのだ。
この鎮守府はちょっとおかしい。いや、大分おかしいと言ってもいい。なぜなら、提督がうさぎだからだ。もっと言うと、自称猫の見た目うさぎな提督だ。白い顔に長い耳。先だけを黒く染めた耳を持つうさぎだ。服装は白い提督用の制服である。いろいろとつっこみどころが多いが、すでに馴染んでしまっている自分がいることもわかっている朝霜であった。今はそれをどうこうと問い質す時ではないので、そのことを頭から振り払い、朝霜はさらに質問を投げかけた。
「急に呼び出したりして、一体何なんだよ?」
笑顔を貼りつけたような表情で提督は話し出した。
「よく来てくれた。ちょっと問題が発生してな。助けて欲しいのだ」
「だから何なんだよ?」
提督はおもむろに椅子から飛び降り、後ろ手の状態で扉の近くに立つ朝霜に近づいてきた。
提督はうさぎではあるが、一般的な動物のうさぎよりは大きいし、何より二足歩行である。耳の存在は無視して、頭までの身長だと朝霜の膝くらいの大きさである。そのため、近づいてくる提督に視線を合わせようとすると自然と下を向くことになる。
「朝霜、ちょっとしゃがんでくれないか?」
「はあ? 別にいいけど……」
朝霜は釈然としないながらも、言われたとおりに提督に視線を合わせるようにしゃがんだ。
「目をつむってくれないか?」
「だから何なんだよ?」
「いいから」
有無を言わせない圧力を朝霜は感じた。見た目ほのぼのした謎な生物なのに、たまにこういう真面目になるときがある。それこそ、特別作戦の時のような。
「訳わかんないけど、わかったよ」
朝霜は観念したとばかりに、そっと目をつむった。
一息置いて、提督が動き出したのを朝霜は感じ取った。衣擦れの音と空気のちょっとした動きでわかったのだ。そして、朝霜にさらに近付いてきたこともわかった。
「し、司令? 何か近くないか?」
「大丈夫、すぐ終わるから動かないで」
そう言ったと同時に、朝霜は自身のあごに何かが当たったのを感じた。柔らかいクッションのような感触のそれが何なのか、朝霜にはわかった。提督の手だ。何度か朝霜への労いを込めて提督が握手をしてきた。その時の感触と同じだった。
それに気が付いたと同時に朝霜は混乱に陥った。この今までにない提督との距離の近さは一体どういうことで、なぜ提督の手が自分のあごに掛かっているのか、理由がわからず背を反らすようにして距離を取ろうとした。ただし、朝霜は律義なためか、言われた通りに目はつむり続けていた。
「な、な、何なんだよ!?」
「静かに。動くな、しゃべるな」
朝霜は全身を緊張させ、背を少し反らした状態で固まった。本当に律義である。それだけ、提督との間に信頼関係ができていたと言えるのかもしれない。
しかし、提督の性別は男性で朝霜自身は女性であり、男女がこうも近距離に接するのは朝霜自身には経験のないことだった。相手は見た目うさぎだけれど。
姉の夕雲なら、こういう場合の対処法を知っているかもしれないが、今はそれを聞くこともできない。朝霜自身の力で対処するしかない。しかし、朝霜は混乱から立ち直ることができず、緊張からなのか、それとも別の感情からなのか、心臓の鼓動が速くなっていくのをただ呆然と感じ取っているだけだった。
そして、緊張が最大限にまで達しそうなその時、朝霜の左頬に何かが触れた。
「ひゃあ!?」
朝霜は我慢できずに、尻餅をつきつつ後ずさった。彼女の頬は紅潮していた。そして、何かが触れた左頬に反射的に手を当てた。
「あーあ」
提督はやってしまったとでも言いたげな声を上げた。
「だから、動くなって言ったのに」
「な、何しやがった、司令!? 何か冷たかったんだけどっ!?」
少し冷静になってきた朝霜はすかさず提督を問い質した。そして言いながら、提督が手に持つ物に目を止めた。
「筆?」
「手を見てみなさい」
朝霜は左頬に当てていた手をどけて、手のひらを見た。
「何だこれ!? 墨、か?」
「正解。仕方がない。作戦変更」
そう言ってから、提督は首に下げていた笛を思い切り吹いた。朝霜は笛の存在に今さら気が付いた。それは、提督が特別作戦の時に現れる猫をあしらうのによく使っているものだ。
「やっぱり、こうなっちゃったわねぇ」
「陸奥!?」
「だから最初から私たちもいた方がいいと言ったじゃないか」
「日向!?」
「提督さんってば、自分で何とかするって言ってきかないんだものぉ」
「阿賀野まで!?」
提督執務室と続きになっている秘書艦室から3人が現れた。
呆然と3人が自分の所に来るのを朝霜は眺めていた。そうしているうちに、陸奥と日向に両側から動かないように押さえつけられ、阿賀野に汚れた頬と手のひらを濡れたタオルで拭われていた。
「い、一体何がしたいんだよぉ?」
朝霜の問いに阿賀野が手を動かしながら答え始めた。
「もう、提督さんが説明しないからぁ。あのね、提督さんのお友達に年賀状を出さないといけないんだけど、そのデザインに誰かを起用しようということで、朝霜が選ばれました! おめでとぉ」
「おめでとー、じゃないよっ! それと墨で顔を汚されることとどういう関係があるんだよっ!?」
「デザインの関係上、致し方なく」
それまで、黙っていた提督が口を挟んだ。
「はい、綺麗になったわよ」
朝霜が非難しようとしたところで、阿賀野が嬉しそうに声をかけた。
「よし。それじゃあ、気を取り直して。今度は動くなよ。まぁ、動けないと思うけど」
その通り、背の高い戦艦二人に押さえられては朝霜は動けなかった。
「ちょっと待てよっ。もっと詳細を説明しやがれっ!」
「口を開くと変な所につくぞー」
そう言われると、何かを書く気満々の提督の前では口を開かない方が賢明かもしれないと、冷静になりつつある朝霜は考えた。
仕方なく黙りこんだ朝霜に満足したのか、提督はすっと手を動かして朝霜の頬に何か書いていった。くすぐったさと冷たさを我慢する他、朝霜にできることはなかった。
「よし、できた。阿賀野!」
「はい、提督さん」
阿賀野はどこからともなくうちわを取り出し、朝霜の頬の墨を乾かすようにあおいだ。
朝霜はやはりなすがままであった。
「うまくいったんじゃない?」
手鏡を覗き込む朝霜の後ろから、宥めるように陸奥が肩に手を置いた。その隣で覗き込む日向も口を開く。
「ああ、悪くないな」
「はぁ……それで、次はどうすんだい?」
朝霜はここまでくれば、最後まで付き合おうと腹を決めたのだった。墨を乾かしている間に提督の口より語られた言葉から、年賀状作りに闘志を燃やしているらしいことがわかり、絆されたとも言える。
「次は記念撮影だ。写真を撮って、加工して、印刷して、出来上がり!」
何となく楽しそうな提督に朝霜は苦笑した。
「わかった、わかった。出来上がったら、見せてくれよ?」
「もちろんだ。最初に見せてあげよう」
そう約束を取り付けて朝霜は満足気に笑顔を見せた。
後日、年賀状が出来上がったとの報告が朝霜にもたらされた。急いで提督執務室へ行くと、挨拶も早々に朝霜は年賀状を見せてもらった。
「よくできたと思うのだが、どうだい?」
「いいんじゃないか! ……ところで、司令。もしかして、顔に字を書かなくても加工で入れられたんじゃないか?」
「できるよ!」
「だったら、あのやり取りは何だったんだよっ!? よぉし、司令、いい覚悟だ。ほら! 壁に手ぇつきなよ!」
そうして、しばらく朝霜と提督の追いかけっこが始まり、後で日向に大目玉を食らうのことになったのだった。

改めまして、あけおめなのです!
昨年は大変お世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願い致します!
やばい。年明け早々にやらかしたかもしれないのです。
お話書いてたらびっくりするくらい長くなって、何人の方に読んで頂けるのか怪しい記事になってしまいました(書いたのは去年ですが)
読んで下さった方に感謝を申し上げます。
初めて書いてみたのでちょっとどうなのかわかりませんが、楽しんで頂けたら良いのですが……。
さらっと、提督が男という設定ができちゃいました。
本当は性別不詳にしようと思っていたのに、まぁいいか。
絵については、朝霜改を描いてみました。
髪の毛の模様を背景と同化させてみました(蛇とかの鱗みたいと思ったのは内緒です)
色はパステルな感じで明るくしました。
全く正月らしくないですが、描いていて楽しかったです。
特に、髪の毛が楽しいですね。朝霜などは髪の毛の表裏で色が違って面白いですねー。
ちなみに、年賀状が「あけましておめでとう」なのは朝霜が言いそうな言葉を選んだからです。「~ございます」はつけないだろうなーと。
と言う訳で、昨年の後期から創作活動が始まってしまいました。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。
今後どういう感じで展開するのかはっきりしていませんが、その時にできることを全力でやるという形で頑張りたいと思います。
それでは、今年も艦これを盛り上げて参りましょう!
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